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研究会の講義録

24 <ストレス性動悸に対する鍼灸治療>

古典鍼灸青鳳会 平成25年9月

 
1. 緒  言
 
西医的に見た動悸とは、心臓の脈拍が自覚できる状態のことをいい、心拍が増し ているわけではない。徐脈のときでも動悸を感じる場合がある。
動悸をおこす疾患は多岐にわたり、循環系の疾患ならば、どんなものでも動悸の原 因になりうる。虚血性心疾患、弁膜症、心筋症のほか、肺炎、消化管からの出血、甲状腺機能亢進、感染症による発熱、アナフィラキシー、アルコール中毒、自律神経障碍、精神疾患(うつ、不安神経症)、脱水などが原因になる。

われわれ鍼灸師のもとを訪れる心疾患患者は、普段から自分の心臓疾患についての認識を持っており、医師から緊急時に服用する薬(ニトログリセリンなど)を処方されている場合がほとんどであり、重篤な患者が、緊急でやってくる場合はまずない。
そういうことを念頭に、今回は軽度の虚血性心疾患と自律神経障碍、精神疾患(うつ、不安神経症)を原因とする動悸に対する鍼灸治療として、話を進めたいと思う。
 
2.突然の胸痛
 
 とはいっても、突然の胸痛(心臓疾患も含む)を起こさせる疾患について知っておく ことは必須である。不適切な初期対応により重症化あるいは、予期せぬ事故を招くお それのあるものがあるからである。代表的なものとして、以下の四つがあげられる。

① 急性冠状症候群・・・急激な冠動脈狭窄によっておこる、三つの病態の総称。
a.急性心筋梗塞(心筋壊死をおこす)
b.不安定狭心症(心筋壊死をおこさなかった場合)
c.虚血性心臓性突然死
a.~c.に共通する症状として、20分以上持続する前胸部の絞扼感や圧迫感があり、ときに左肩腕、顎などに放散する。ただし、無痛で漫然とした胸苦を訴えるだけのこともある。

②急性大動脈解離・・・三層構造をなしている大動脈の、真ん中の中膜に何らかのきっかけで血流が入り込んでしまい、層構造が剥がれ解離する疾患。解離によってできた空間は動脈瘤となる。破裂した場合がもっとも危険であるが、瘤により他の血管や心臓や消化管が圧迫されることがある。
動脈瘤が破裂した場合、突然の胸背部痛にはじまり、痛みが腰部に移行することが多い。ときに失神を伴う。

③ 肺塞栓・・・静脈血栓が肺動脈に詰まり、呼吸困難を起こす。軽度であれば胸や      け・発熱程度でおさまるが、最悪の場合は死亡につながる。

④ 緊急性気胸・・・胸腔に漏れ出した空気が、対側の肺や心臓を圧迫している状態。この場合、血圧低下、ショック症状を現わし、緊急に胸腔穿刺を行なわなければ死に至る。胸腔内圧を上げ、肺の虚脱を亢進することになるので、人工呼吸は禁忌。
 
Ⅱ.東洋医学的見解
 

【 字   義
悸 キ おそれる むなさわぎ  声符は季。〔詩、衛風、褶蘭(がんらん)〕帯を垂るること悸たり」は悸々の意で、〔毛伝〕には節度のあるさまをいうとするが、この詩は女に言い寄られて、おどおどする男の小心さを歌うものである。〔楚辞、九思、悼乱(とうらん)〕に「惶悸(こうき)して氣を失ふ」とみえ、驚きおそれること。そのむなさわぎを動悸という。


一.心臓の痛み ・・・心臓の虚血

靈樞・雑病第二十六
心痛引腰脊、欲嘔、取足少陰。
心痛腹脹、嗇嗇然大便不利、取足太陰。
心痛引背、不得息、刺足少陰、不巳取手少陽。
 ・・・少気
心痛引小腹、滿上下、無常處、便溲難、刺足厥陰。
心痛但短氣、不足以息、刺手太陰。
        ・・・短気
心痛みて腰脊に引き、嘔かんと欲するは、足の少陰を取る。
心痛みて腹脹り、嗇嗇然として(しぶって)大便不利なるは、足の太陰を取る。
心痛みて背に引き、息するを得ざるは、足の少陰を刺す。巳まざれば手の少陽を取る。
心痛みて小腹に引き、上下滿ち、常に處るところなく、便溲難なるは、足の厥陰を刺す。
心痛むも、但し短氣
し、息の不足するものは、手の太陰を刺す。

※短氣と少氣の区別をいえば、短氣は過呼吸症候群であり、少気は胸郭狭窄による呼吸困難である。

二.厥逆して心臓が痛む

靈樞・厥病第二十四 
厥心痛、與背相控、善稿如從後觸其心傴僂者腎心痛也。先取京骨崑崙、發鍼、不巳取然谷。
厥心痛、腹脹、胸滿、心尤痛甚、胃心痛也。取之大都太白。
厥心痛、痛如以錐鍼刺其心、心痛甚者脾心痛也。取之然谷大谿。
厥心痛、色蒼蒼如死寔、終日太息、肝心痛也。取之行間大衝。
厥心痛、臥若徒居心痛間動作、作痛環甚、色不變、肺心痛也。取之魚際大淵。
真心痛、手足清、至節心痛甚、旦發夕死。
心痛不可刺者中有盛聚、不可取干輸。

厥して心痛み、背とあい控き、善く■(やまい垂れの中に、契の下を心に換えた字 ケイ きざむの意→きりきりと痛む)すること、後ろより其の心に觸れらるる傴僂のごとき者は腎心痛なり。まず京骨、崑崙を取り、鍼を發す、巳まざれば然谷を取る。
厥して心痛み、腹脹り、胸滿ち、心は尤(とが)※めて痛み甚しきは、胃心痛なり。これを大都、太白に取る。


※ 尤は、とがめるの意。音のユウが優に通じて、すぐれて、もっともの意になる。

厥して心痛み、痛みの錐鍼を以ってその心を刺す如き心痛甚しき者は、脾心痛なり。これを然谷、大谿に取る。
厥して心痛み、色は蒼蒼として死する寔の如く、終日太息するは、肝心痛なり。これを行間、大衝に取る。
厥して心痛み、臥して徒らに居るごとく、心痛間ありて、動けば作痛みを環すこと甚しく、色も變らざるは、肺心痛なり。これを魚際、大淵に取る。
真心痛は、手足清(つめ)たく、節に至れば(冷えが肘、膝にまで及ぶと)心痛甚だし。旦に發せば夕に死す。
心痛の刺すべからざる者は、中に(腹中に)盛聚有り。輸(背輸穴)に取るべからず。



三.感情の乱れと動悸・心痛

素問・擧痛論 第三十九
喜則氣和志達、榮衞通利、故氣緩矣。悲則心系急、肺布擧而上焦不通、榮衞不散、熱氣在中、故氣消矣。

喜べば則ち氣は和み志は達(の)び、榮衞は通利す。ゆえに氣緩むかな。悲しめば則ち心系は急し、肺は布(ひろ)がりて擧がれども上焦は通ぜず、榮衞も散ぜず、熱氣は中に(腹中に)在り。ゆえに氣は消(おとろえ)るかな。

靈樞・五邪第二十
邪在心則病心痛、喜悲、時眩仆。視有餘不足而調之其輸也。
邪心に在れば則ち心痛を病む。喜悲し、時に眩仆す。有餘不足を視、これをその輸に調うなり。

靈樞・口問第二十八
黄帝曰人之太息者何氣使然。■ (ギ 足+支) 伯曰憂思則心系急、心系急則氣道約、約則不利、故太息以伸出之。補手少陰心主、足少陽、留之也。

ここに述べられていることは、子午流注による取穴で、少陽經の丘墟を取ることで治療できるという実際と一致する

黄帝曰く人の太息するは、何の氣か然らしむ。■(ギ 足+支)伯曰く憂思すれば則ち心系急す、心系急すれば則ち氣道約す、約すれば則ち不利なり、故に太息して以てこれを伸出す。手の少陰心主、足少陽を補い、これに留むるなり


素問・痺論 第四十三
心痺者脈不通、煩則心下鼓、暴上而喘鬱乾、善噫厥氣上則恐。
心痺あるものは脈通ぜず、煩なれば則ち心下鼓たり。暴かに上りて喘し、鬱乾き、善く噫す。厥氣上れば則ち恐る。

四.そ の 他

靈樞・熱病第二十三
心疝暴痛取足太陰厥陰、盡刺去其血絡。喉襦舌巻、口中乾、煩心心痛臂内廉痛、不可及頭、取手小指次指爪甲下去端如韮葉。

心疝暴痛するものは、足の太陰、厥陰を取り、盡くその血絡を刺して去る。喉襦し、舌巻き、口中乾き、煩心し、心痛みて、臂の内廉の痛み、頭に及ばざるは、手の小指次指の爪甲下、端を去ること韮葉のごときを取る。


素問・脈要精微論 第十七
診得心脈而急此爲何病、病形何如。■ (ギ 足+支) 伯曰病名心疝、少腹當有形也。帝曰何以言之。■ (ギ 足+支) 伯曰心爲牡藏、小腸爲之使、故曰少腹當有形也。

王冰注・・・靈蘭秘典論曰、小腸者受盛之官、以受其盛。故形居於内(=腹内)也。

診て心脈を得るに急なれば、此れ何病と爲し、病形はいかん。■(ギ 足+支)伯曰く病名心疝なり、少腹まさに形あるべし。帝曰く何を以てこれを言う。■(ギ 足+支)伯曰く、心は牡藏た爲り、小腸はこの使た爲り、故に曰く少腹まさに形あるべと。


靈樞・經脈第十
脾所生病者舌本痛、體不能動揺、食不下、煩心、心下急痛。
脾の所生病は舌本痛み、體はよく動揺すべからず、食下らず、煩心して、心下急痛す。


靈樞・厥病第二十四
厥頭痛、面若腫、起而煩心、取之足陽明太陰。
厥して頭痛するものは、面腫るるごとく、起てども煩心す、これを足の陽明太陰に取る。


Ⅲ. 治  療
 
≪取 穴≫ 照海 - 列厥(奇經治療) もしくは列厥のみでも効著
         内関  通里  丘墟

≪臨床例 1≫
女性 66歳   
主訴 動悸、動悸による不眠

1診  夜1:00~翌日夕方まで動悸と倦怠感で動けず、横になっていた。
     左心兪の拘結⇒左気海
2診(5日後) 動悸つづき、夜間も不眠状態
     左霊墟(腎経 3肋間)の痛み ⇒ 照海 - 列厥
3診(2日後) 動悸なし     取照海 - 列厥
4診(4日後)  父兄面談⇒動悸+  取気海兪
  そうこうしているうちに、収まる

≪臨床例 2≫
1と同じ患者
主訴 狭心症の痛み 医師からニトログリセリンの舌下錠を処方されているが、鍼治療も受けたい。
1診  狭心症の痛み  取照海 - 列厥  列厥の鍼のみ操作すると、心臓にまで響いてスーッと胸が軽くなるという。
2診(翌日) 狭心症の発作はおさまったが、左の胸が痛い。 取列厥  心兪